3月22日 子どもと大人の合同礼拝

申命記31章6-8節  「神は共に」

 3月もあと少しとなりました。この春、新しい学年になる人、新しい学校へ行く人もいます。 春というのは、不思議な季節ですね。うれしい気持ちと、少しドキドキする気持ちが一緒にあります。新しい教室はどんなところだろう。先生はどんな人だろう。友だちはできるだろうか。子どもでも、大人でも、新しい場所へ行くときには、少し心配になったり、勇気が必要になったりします。そんな時に「一緒に誰かいてくれたらな」と思う事はありませんか。たとえば、小さな子どもが初めて保育園に行く朝。お母さんやお父さんの手をぎゅっと握って離さないことがあります。でも、手をつないでもらっていると、不思議と少し安心します。大人でも同じです。新しい職場に行くとき、誰かが「大丈夫だよ」と声をかけてくれるだけで、少し心が軽くなります。

 今日の聖書の言葉は、まさにそういう思いを持った人への言葉です。今日の御言葉は、 申命記31章8節にはこう書いてあります。 「主御自身があなたに先立って行き、主御自身があなたと共におられる。主はあなたを見放すことも、見捨てられることもない。恐れてはならない。おののいてはならない。」これは、神様が人々に語られた言葉です。 しかも、この言葉が語られたのは、人々がこれから 新しい場所へ進んでいく時でした。今までとは違う場所。まだ行ったことのない土地。何が起こるかわからない未来。まさに、進級や進学のときのような場面です。そのとき神様は「大丈夫。わたしが先に行く。そして、わたしはあなたと一緒にいる。」と言われました。とても心強い言葉ですね。

 

 ここで少し頭の中で想像してみてください。もし山道を歩くとします。初めて通る道です。道が曲がっていて、向こうがどうなっているのか見えません。でも、その道をよく知っている人が前を歩いていたらどうでしょう。「あ、この道は大丈夫。」「ここは少し気をつけてね。」「もうすぐ広い道になるよ。」そう言いながら前を歩いてくれる人がいたら、安心してついていくことができます。聖書では、神様はそのようなお方だと言います。神様は、私たちの前を歩いてくださる方です。だから安心なのです。しかも神様は、ただ道を知っているだけではありません。私たちのこれからの歩みも、すべてご存じのお方です。どこでつまずきやすいか、どこで悲しくなるか、どこで喜ぶかも、知っていてくださいます。

 

 そしてもう一つ大事なことがあります。神様は前を歩くだけではありません。「あなたと共におられる」と書いてあります。前にいて道を示してくださり、 そして私たちのそばにもいてくださる。とても不思議で、でもとても優しい神様です。皆さんは、小さいころこんな経験はありませんか。暗い道を歩くとき、一人だとちょっと怖い。でも誰かと一緒だと、同じ道でも怖くなくなる。それと似ています。同じ道なのに、「一人か、一緒か」で感じ方がまったく変わります。神様は「あなたは一人ではない。」と言われます。新しいクラスに行く時も、新しい学校へ行く時も、新しい生活が始まる時も、神様は「わたしはあなたを見放さない。」と言われます。これは、とても心強い言葉です。人間は時々神様から離れてしまうことがあります。忙しくて神様を気づかないこともあります。遠くに行ってしまうこともあります。時には、「神様はどこにいるのだろう」と感じることもあるかもしれません。でも神様は違います。聖書には、はっきり「見放すことも、見捨てることもない。」と言います。これは、神様の約束です。私たちの気持ちが変わっても、神様の約束は変わりません。だから聖書は最後に「恐れてはならない。おののいてはならない。」と言います。つまり、「安心して進みなさい」ということです。春は、新しい道へ歩き出す季節です。でも私たちは、一人で歩くのではありません。神様が先に行ってくださり、そして共に歩いてくださいます。

 今日は、礼拝のあとには、お餅つきがあります。お餅は、一人ではつけません。杵でつく人と、お餅を返す人がいて、「よいしょ!」「よいしょ!」とみんなで声を合わせてつきます。そうやって、みんなで力を合わせて、おいしいお餅ができあがります。人生も、少しそれに似ているかもしれません。私たちは一人で生きているのではありません。家族がいます。友だちがいます。教会の仲間がいます。そして何より、神様が共にいてくださいます。神様は、私たちが歩く道を先に進み、そして私たちのそばにいてくださる方です。だから私たちは、安心して新しい道へ進むことができます。進級する人も、進学する人も、新しい場所へ行く人も、どうか覚えていてください。あなたは一人ではありません。神様があなたと共に歩まれます。

 だから聖書は「強く、また雄々しくあれ。恐れてはならない。」と言います。神様が一緒に歩いてくださるからです。たとえうまくいかない日があっても大丈夫です。失敗する日があっても大丈夫です。その日も神様は共におられるからです。この春、皆さん一人ひとりの歩みを、神様が豊かに祝福してくださいますように。そして今日のこのうれしい日を、みんなで一緒に喜びたいと思います。